秩父札所めぐり 道中記 2019.8.7

札所13番 ~ 札所18番

 一昨年の松島での同期会が終ってから、太田さんと塩釜神社に参拝した…私も中学時代の修学旅行で訪れたことがあったので懐かしかったが、その記憶も大分薄れかけていることに気付かされた…

 仙台からの新幹線が他のみんなと一緒だったので、渡部さんを席に呼んだ…『渡部を拉致した』と言われたが、三人で呑みながら帰った…その時、太田さんから自慢げに『御朱印帳』を見せられ、以前住んだことのある秩父の札所めぐりを案内すると約束してしまった…しかし、その約束を果たせぬまま時は過ぎ、しびれを切らした太田さんは一人で12番札所まで廻ってしまったと今年の同期会で聞かされた…

 8月7日 秩父鉄道フリー切符
 8月7日 秩父鉄道フリー切符

 約束を果たせなかった不甲斐なさが気になって、8月にどうかと渡部さんに連絡をとり、太田さんの都合を聞いて8月7日に実行することになった…

 ワクワクしながら当日を迎えた…朝8時半頃に渡部さんと落ち合い、秩父鉄道のフリー切符と急行券を買い求めて、コーヒーを飲みながら太田さんの到着を待った…

 熊谷駅構内の喫茶店で太田さんが通りかかるのを眺めていると、ほどなくやってきた…渡部さんが素早く外にに出て太田さんに声を掛けた。

 熊谷駅9時3分発の三峰行きの急行に乗った…

 土日・祝日にはSL列車も運行され結構人気なのだが、今日はウィークデーなので普通の列車だった…

 太田さんが札所巡礼の地図をチェック
 太田さんが札所巡礼の地図をチェック

 水曜日の今日は、急行を利用する人も少なく、夏休みの子供が列車の通路を駆け回って遊んでいた…

 そんな中、太田さんは秩父巡礼の地図を広げ、今日の札所めぐりの経路を見積もっていた…当初私の車で廻る予定でしたが、秩父市街中心だったので徒歩で廻ることになった…

 しばらくすると旅慣れた太田さんの頭の中には、すっかりプランが練りあがったらしく、本日の予定を説明してくれた…どうも私の出る幕はなさそうではあるが、住んだことのある私の土地勘も役に立つ場面もあるかもと思いつつ話を聴いた…

 今日は渡部カメラマンもいるし安心してお任せできそうである…

======== 秩父札所13番 慈眼寺 ========

 10時頃、お花畑駅に下りた…

 そこからほんの数分の所に札所13番 慈眼寺があった…

 確かに秩父に7年間住んでいたことはあるものの、このお寺を訪れたことはなかった…

 慈眼寺は『眼病平癒に功徳あらたか』というが、秩父に住んでいるころは、眼鏡使用ではあったが目に不自由は感じなかったので関心は無かったのであろう…

 最近では、すっかり視力の低下が気掛かりなので、良くお参りせねばと思いつつ拝んだ…

 札所十三番 旗下山 慈眼寺

 この札所のご本尊は聖観世音菩薩で、お堂は、三間四面、表軒唐破風つきの流れ向拝をふして、入母屋づくりの屈指の建物です。

明治十一年三月の秩父大火に類焼し、再建されました。うす肉彫りの枝輪、絵画のある格天上は荘厳です。 県指定旧跡で、文政明治の徳行家井上如常の墓も境内にあります。 街の中心の一角にあるこの地は、昔より霊地としてその名も高く、日本武尊東国征伐の折、この地に旗をたてさせた故、ハタノ下といわれ、年を経てハケノ下と呼ぶようになったという。

 また、薬師如来は「あめ薬師」といい、眼病平癒に功徳あらたかで、七目月八日の縁日は、境内外に二百余軒幹の露店が並び、ブッキリ飴が売られ、多くの参詣人で賑わい、秩父の夏の風物詩となっています。

昭和40年1月25日 秩父市教育委員会指定

========= 秩父札所14番 今宮坊 =======

 札所13番からは、札所15番の方が近いが、折角だから順番に廻ろうと札所14番 今宮坊にやって来た…

 それでも10時半ころには今宮坊に到着したが、陽射しは強くなる一方であった…

 熱中症予防にとペットボトルのお茶を飲みつつ、二人の後について行った…

 今宮坊の本尊は、『聖観世音木造漆箔、半坐像で像高五七.七糎江戸初期の作』と案内板にあったが、写真に映し出された観世音菩薩様から後光がさしているように見えますね…

 札所十四番 長岳山 今宮坊

 この札所は、秩父札所信仰に深ぃ関係をもった修験道場の大宗今宮坊があり、その中心的建物は今宮神社でした。 本堂は、三間四面表流れの向拝、方形造りの建築です。

 本尊は、聖観世音木造漆箔、半坐像で像高五七.七糎江戸初期の作です。 このほか、市指定有形文化財飛天像は、像高三三糎跪座して雲にのる姿で曲線美に富んだ異色ある見事な仏像です。 本尊は、雲中出現の霊像と称され、弘法大師霊像を刻まんとして雲中より大悲の像現れしを喜びつい に菩薩の像を得てこの地に安置したという縁起もあります。

昭和40年1月25日 秩父市教育委員会指定

 各札所で太田さんと私が写っている写真は全て渡部カメラマンの作品を掲載させてもらったが、これは渡部さんが写っている数少ない写真の1枚である…

 家にあったミニ・カメラを久々に持ちだして撮ったこの写真の日付はどうも狂っていたようだ…

========== 秩父 今宮神社 =========

 札所14番から15番に向かう途中に大きな木の下に木陰があった…

 私は余りの暑さに、ここで一休みしようとベンチに腰を下ろした…

 ここが今宮坊と所縁の今宮神社だとは露知らず…やはり神仏のお導きなのであろう…ここへやって来るべくして、誘導されたのかも知れないと後になって思った…

 今宮坊の案内板に『秩父札所信仰に深ぃ関係をもった修験道場の大宗今宮坊があり、その中心的建物は今宮神社でした。』とあったが、この今宮神社も古くからの物なのだ…

 この神社境内中央の大木は、樹齢1200年だという…この大木の木陰は涼しく、一息つくことができた…

 太田さんは寺院用とは別の物をだして御朱印をいただいていたので、私も神社用の御朱印帳を買い求めた。寺院用よりも少し小さめだが、御朱印代は高かった…それから若い宮司にそば処を訊ねると水曜は定休日が多いが、16番近くの『わへいそば』ならやっていると地図に道順を書き込んでくれた…

======== 秩父札所15番 少林寺 ========

 札所15番 少林寺に着いたのは、11時17分ころであった…

 今年の5月の連休に息子と羊山の芝桜を見に来た折、牡丹が咲いているというので少林寺にやって来たが、その日も暑い日で駐車場のある裏側から入ったので正面からの参道を通ることはなかった…

 今回も裏側から入ったが、太田さんに従い正面から入り直し山門のところで写真を撮ってもらった…

 御朱印をいただいて帰ろうとするとご住職のお母上とおぼしき人が、本堂の中を見学させてくれるというので中に入った…

 外見は鉄筋コンクリート建てに見えるが、内部は昔のままだそうで、無垢の通し柱の立派なことに驚かされた…更に浮かし彫りの仏画は見事で、観音様の救済の様を物語っているのだと解説してくださった…

 その方に、息子が子供の頃に少林寺の子にクワガタを50円に譲った話をすると今のご住職が40代だから、子供の頃の事かも知れないと言っていた…本堂内部は撮影禁止ということで、残念ながら欄間の貴重な仏画をご紹介できない…

======== 秩父札所16番 西光寺 ========

 札所15番から16番までは0.8キロあり、途中の秩父神社境内のトイレをお借りした…それから秩父駅から荒川に向かう道を下り秩父公園橋手前の信号を左に入った…そこから暫く行くと『わへいそば』が見つかったので予約の名前を書き込み、お店の人に話をつけてから札所16番に着いたのは12時5分だった…

 札所16番 西光寺は上の写真のように奥まった所にあった…

 山門をくぐると正面に宝永7年(1710年)に建てられた本堂があり、本堂正面の欄間には、釈迦の涅槃像等の刻まれている。右手には四国八十八箇所霊場の本尊模刻が並ぶ回廊堂が建っている。この回廊を巡ると、四国八十八箇所を巡るのと同等の功徳が得られ、観音様の功徳と共に弘法大師のご利益も得られるといわれている。

 世界中でもそのように両手同時に別々の文字をかける方は非常に稀。そんな稀有な達人が、埼玉県秩父市にある秩父札所16番「西光寺」におられ、住職であることから「仏の成せる技」とも噂されている。そんな両手同時書きの達人がいる西光寺には秘めたる観音パワーが漲る…

 渡部さんがお参りしている左手の引戸に貼らているのが両手同時書きによるものらしいが、その時は気付かなかった…私の息子は左利きだったので書道を習わせ、右手で文字を書くようになった…でも絵を描くときなど、右手で絵を描きながら左手の消しゴムを起用に使っていたが、両手同時書きはとても信じがたい…

『本堂正面の欄間には、釈迦の涅槃像等の刻まれている。』まで判別できない…

 御朱印は尼さんが書いてくれた…

その尼さんが『味覚障害』になってしまいお料理も楽しくないと嘆いていたので『般若湯』はどうですかと訊ねてみると、仏門の掟に従い一切口にしていないと応えた…

秩父そば処 わへいそば

 我々は『わへいそば』で早速に般若湯の誘惑に負けてしまった…

 でも、汗を流した後のビールはこの上なく美味かった…

 最初にビール3本を頼み、あっという間に飲み干してしまい、太田さんがそばを食べながらもう1本。

  まだ会社にいるころ関連会社への年始の挨拶廻りきた折、地元の人に案内してもらったことがあるだけあって、そば処として知られており、間もなく待ち行列ができた…

札所16番へ行く前に予約の名前を書いておいて良かった…

=========== 秩父神社 ===========

 秩父神社と言えば、江戸時代の名工・左甚五郎作という『なき龍』が有名なので、早速に渡部さんを案内したが、生憎改修工事のための足場が組まれており良く見えなかった…

 そこで今年の4月28日に来た時のとった写真を掲載しておいた…

 春に来た時には、丁度社殿では結婚式が行われいるとかで、赤い絨毯が敷かれていた…連休のためか参拝の人々が長蛇の列をなしていた…

 『拝殿正面左より二つめの、子虎とたわむれる親虎の彫刻は、名工左甚五郎が彫刻したものと伝えられる。』と下記案内板を見て今回初めて知った…恥ずかしながら…

「子宝 子育ての虎」左 甚五郎

 未だ群雄割拠の戦国時代、当社は甲斐の武田信玄公の手により、永録十二年(1569年)に焼失の後、徳川家康公のお力により現在のご社殿が再建されました。

 家康公は、寅の年寅の日寅の刻生まれということで、虎にまつわる物語が少なくありません。それにちなんでか、当社の拝殿前は四面にわたってすべて虎の彫り物が施されています。

 特に拝殿正面左より二つめの、子虎とたわむれる親虎の彫刻は、名工左甚五郎が家康公の威厳とご祭神を守護する神使として彫刻したものと伝えられています。当時の狩野派では、虎の群れの中に必ず一匹の豹を描くことが定法とされて いたことから、母虎があえて豹として描かれているのが特徴的です。

 いずれに致しましても、子育てにちなんだ虎の逸話は敷多く、皆様 のお子様やお孫様の健やかなご成長を祈り、親の心得を添えてご案内申し上げます。

親の心得

赤子には肌を離すな 幼児には手を離すな

子供には眼を離すな 若者には心を離すな

秩父祭「山・鉾・屋台行事」世界無形文化遺産
秩父祭「山・鉾・屋台行事」世界無形文化遺産

 秩父神社の宮司の息子さんと家の子は小学校からの同級生で、神社前の宮司さんの自宅は部屋数が多くかくれんぼをして遊んだらしい…

 社殿の中にも入り時には、たけちゃんがお賽銭で駄菓子をご馳走してくれたそうだ…今では信じ難いが…

 今春来た時に秩父夜祭りの行事が世界無形文化遺産としての登録が決定したとの垂れ幕が下がっていた。

 渡部さんが以前に『秩父夜祭りを見たいものだ』と言っていたので、『秩父祭り会館』に案内した…

 外は猛烈な暑さだったので、しばしの間だけでも涼をとることができた…そこには実物大の屋台が2台展示されており、そこにプロジェクション・マッピングを投影し、音響で祭りの雰囲気を感じさせてくれた…

======== 秩父札所17番 定林寺 ========

 秩父神社から札所17番 定林寺までは1キロ近くあり旧道を歩いたが、通りの建物はかなり変わっていた…酒蔵・武甲はそのままだったが、その近くのキンカ堂はさら地になっていたて、当時賑わっていたことを思うと何だか寂しさを感じた…

 郵便局を過ぎて右手に坂をくだった所の定林寺に3時ころ到着した…

 本尊は十一面観世音菩薩。

1488年(長享2年)の秩父札所番付(長享番付)が札所32番法性寺に現存しており、当時は札所が33ヶ寺で、番付も異なっていたことが判りる。現在は17番の定林寺だが、当時は札所1番。現・札所2番の真福寺が加わり34ヶ寺になった後、現在の順番に改められたと…

 『納経所』と書かれた所に年老いた品の好いお坊さんが座っていた…

 そこで御朱印をいただいてから、札所18番への道を尋ねると、地図の上に丁寧に道順を記し説明してくれた…どうもワカサレの交差点と呼ばれていた五差路を140号へ登って行く道のようだ…下宮地の社宅に居た頃も通ったことのある道だった…

======== 秩父札所18番 神門寺 ========

 140号へでると、下宮地の社宅から秩父セメント第一工場へバイクで通った道なので札所18番の場所の見当はついた…

 国道を渡り歩道をどんどん下っていった所の札所18番 神門寺に着いたのは3時40分頃であった…

 17番・定林寺から18番までは約1.1キロの距離にある…

 天保年間(1830~1844年)に再建された観音堂の前に立つと、 その物静かな佇まいには時代の雰囲気が漂っている。 観音堂正面の虹梁には、森玄黄斎(秩父出身の彫刻師)の手による御詠歌の扁額(元治元年 1864年)が掲げられている。 

 本尊の聖観世音菩薩は両手で蓮の花を持った優雅な姿で、像高1メートルを超える立像で室町時代の作と伝えられている。

 御詠歌: ただたのめ六則ともに大悲をば 神門にたちてたすけたまへる 

 御朱印をいただいてから、私は下宮地のセメントの社宅に住んでいたことがあると伝えると、昔は4棟あった社宅も今では1棟だけになってしまったと教えてくれた…それから大野原駅まで歩いてどのくらいかかるかを訊ねると15分位だという…

 4時3分には間に合いそうもないので、のんびり行くことにした…

      秩父鉄道 大野原駅
      秩父鉄道 大野原駅

 大野原駅に向かい、下宮地の社宅は今どうなっているのだろうなどと思いながら歩いていたが、反対側の歩道を進んだので、その入口すら見損なってしまった…

 何とか近道をと思い途中で線路を横切り線路沿いの道路を歩いたが、大野原駅に着いた時にはスマホの万歩計では10キロを超えていた…

私の足はパンパンで痙攣し始めた…

 大野原駅4時36分の電車に乗ったが、夏休み中なのに以外に多くの高校生が乗り降りしていた…

 電車に乗ると太田さんは、10月の札所めぐりの検討を始めた…札所19番からは点在しているので秩父でレンタカーを借りて廻ることになった

   藍屋 熊谷店
   藍屋 熊谷店

 普通でも急行と大差ない時間で熊谷に到着した。

 もはや歩くのは嫌だったが、予約しておいた藍屋熊谷店に向かった…それでも6時前到着。

 まずはビールで乾杯。飲み放題のセット・メニューを頼んでおいたので、呑みながら食べながら大いに語った…最初、渡部さんは遠慮気味だったが、次第にエンジン全開となってしまった…酒量の成績も中々なもので、まだ大したものだと思った…

 

 

 おそらく9時を回ったころ店を出たのだが、渡部さんに呼び止められ熊谷駅前で撮った写真である…

 ここは熊谷駅前の交差点で結構人通りの多い場所なのだが、周りの人もこの上機嫌な三人組には寛容だったようである…

 こうして改札前で別れたが…

私も家に着いてバタンキューでしたが、渡部さんから自宅に着いたとのメールは0時50分だったし、あの太田さんでさえ乗り越したと言っていた…皆さんも疲れたのでしょう…

 それでも10月には、秩父札所めぐりに行くことになっているのだ…

 

令和元年8月19日 小南 記

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コメント: 2
  • #1

    湘南Boys・Watta (火曜日, 20 8月 2019 12:41)

    楽しい一日 ありがとう
    感謝しているヨ

  • #2

    コスモス (土曜日, 26 10月 2019 21:30)

    60年くらい前でしょうか?主人と小学生だった子供達と徒歩で確か少林寺に行ったような、500羅漢がごろごろあったような記憶があるのですが。。近くに鉢形城の城主の墓がある正龍寺があったような、、町田何とか言う家臣が墓の前で自害したとか、なんだか、まぼろしかしら?そのころは道路も整備してなくて田舎道を蜻蛉を追いながら歩きました。
    それにしてもよく歩かれましたね。がんばってください。