風の又三郎 空白の9月3日 (7)

花巻の鈴木氏からのご指摘で再度修正しました・・・(2月25日)

 このブログを観た鈴木氏から「トコロ」の写真が送らてきたので、改めて自分でも調べて加筆・変更をくわえました。

 

7.あめ流し(9月8日のできごと)

 

 この「風の又三郎」では「魚の毒もみ」と言われているが、私の生まれた秋田の田舎では「あめ流し」と呼ばれていた。この物語では「毒もみ」のことが次のようなシーンに描かれている。

 9月8日の朝、少し遅れて佐太郎が山椒の粉を入れた笊をそっとかかえてやって来また。昨日、庄助の発破で魚を捕まえたように、今日は「毒もみ」で魚を捕ろうと考えたのだ。

 『・・・佐太郎が大威張りで、上流の瀬に行って笊をじゃぶじゃぶ水で洗いました。みんなしいんとして、水をみつめて立っていました。三郎は水を見ないで向こうの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。一郎も河原にすわって石をこちこちたたいていました。ところが、それからよほどたっても魚は浮いて来ませんでした。佐太郎はたいへんまじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。きのう発破をかけたときなら、もう十匹もとっていたんだとみんなは思いました。またずいぶんしばらくみんなしいんとして待ちました。けれどもやっぱり魚は一ぴきも浮いて来なかった。「さっぱり魚、浮かばないな。」耕助が叫びました。佐太郎はびくっとしましたけれども、まだ一心に水を見ていました。「魚さっぱり浮かばないな。」ぺ吉がまた向こうの木の下で言いました。』

   豊沢川(鈴木氏撮影)
   豊沢川(鈴木氏撮影)

 このように面目を失くした佐太郎に対して、ぺ吉にまで「魚さっぱり浮かばないな。」と念押しされたときの佐太郎の小さな胸の内を思うと切なくなる。

 佐太郎はみんなのヒーローになれるだろうと企てた「毒もみ」が失敗に終わり裏目に出てしまった。子供のころ私も幾度となく経験したことがあるが、佐太郎はこの時仲間からの孤立感を味わうことになったのだ。それでも、佐太郎はしばらくきまり悪そうに、しゃがんで水を見ていたけれど、とうとう立って、「鬼っこしないか。」と勇気を出して言った。

 私も佐太郎と同じ4年生の頃、同級生のT君と二人だけで「毒もみ」をやったことがある。やはり悪いことだという自覚はあったようで、山裾を流れる小さな沢へ出かけT君が持ってきた「毒草」を石の上で叩き草の汁を流したが、魚(カジカ)は一匹も浮いてこなかった。けれども、この時は二人だけだったので、佐太郎のように大恥をかくことはなかった。二人は黙ってお互いの顔を見ながら、その場に立って居た。暫くして、二人は沢の中に入り石を起こしてカジカが居るかどうかを確かめた。するとカジカは何時と変らず川底にへばりつくようにしていた。T君が石で叩き潰した「毒草」の汁は、大した効き目もなかったのだ。二人は「毒もみ」を諦めて、ガラスの欠片で川底を覗きながら針ヤスでカジカを突いた。人があまり入らない沢だったので大きなカジカが捕れたのを覚えている。

 ある日私は川で水浴びをしていた時に、突然川上の方から白い腹を上にして、口をパクパクさせながら流れてきた川魚を沢山捕まえたことがあった。その時にサッテ網(たも網)を持って行けばもっといっぱい捕まえられたのにと悔しい思いをしたことを覚えている。 

  オニドコロ(鈴木氏撮影)
  オニドコロ(鈴木氏撮影)

 それでは、どうして佐太郎の「山椒の実の粉」も友だちの「毒草の汁」も効き目がなかったのだろうかと思い調べてみた。

 すると同じ秋田県内でも色々な植物が「あめ流し」に使われていることが判ってきた。その一つにトコロの根を使ったとあった。ところが「~トコロ」と呼ばれる多くのトコロの種類があった。これはおそらく根に毒性のあるハシドリトコロのことであろうと思ったが、この「ハシドリトコロ」の毒性は強いので「あめ流し」で捕った魚の体内に毒素が残ってしまう危険性があると山野草の写真を撮り続けている花巻の友人が教えてくれた。そして彼のホームページに掲載されている「オニドコロ(野老)」を「まめ流し」に使ったのではないかと紹介してくれた。これはツル性の多年草で、日当たりのよい林縁などによくからみついて自生しているそうだが、オニドコロは灰汁(あく)で煮て水にさらして調理しないと食べられないし、それどころかこの根を細かく砕いて渓流に流し、魚を麻痺させて捕らえる魚毒となるようだ。

 この「オニドコロ」もよほど山野草に詳しくないと見つけることはできないであろうし、子供だったT君が使った毒草は「オニドコロ」であったはずがない。ほかに山椒の木の皮があった。皮を乾かして砕いて粉にし、木灰を混ぜたものであるが、これも子供たちだけで作れるものではない。それだけに山椒の粉と木灰を等量に入れた木綿袋を水に入れて揉むと、濃い茶色の汁が沢に流れよく効いたようだ。川魚が弱り、苦しがって夢中で水面を下って来て、陸へ跳ねてバタバタしているのもあったし、次から次へとサッテ網ですくうことができたようだ。それからもう一つがクルミの葉であった。その辺に生えているクルミの葉をとってきて、沢の岸で石でよく叩き潰すと、赤茶色の汁が出てきて、これを流すとカジカが弱って岸に寄ってくるので捕まえることができるとあった。いずれにせよ、これらの植物を使った「あめ流し」では川魚が一時的に弱るだけで、時間が経つと蘇生して元にもどるとあったが、子供のころに青酸カリで「あめ流し」をやったという噂をきいたことがある。あんな田舎で戦後の混乱期のころから「青酸カリ」を隠し持っていたのであろうか。私が子供の頃に川で出くわした「あめ流し」はこれだったのかも知れない。こうして捕まえた川魚を酒の肴に駐在所の旦那も村人と一緒に濁酒を吞んでいるのを見ながら育った。最早60年以上も昔のことであるが、今では考えられないような長閑な時代であった。

 こうしてみると、一緒に「あめ流し」をやった時に友だちのT君が石で叩いて揉んでいたのは、クルミの葉だったようにも思えるが、一体何の葉っぱだったのか彼に確かめることもなく、未だに判らないままに今日に至ってしまった。参照:HP『秋田・食の民俗・・・川魚編』、HP『みちのくの山野草

 

2月24日:鈴木氏より早速メールがあり、『ハシドリドコロ』の根は、毒性が強すぎるので、トコロは『オニドコロ』ではないかとのご指摘があった。

この辺は、もう少し調べてみます・・・まずは追記させて頂きます。『 ヤマノイモはいわゆる自然薯(じねんじょ)で美味しい食物であるが、オニドコロは灰汁(あく)で煮て水にさらして調理しないと食べられない。 それどころか、この根を細かく砕いて渓流に流し、魚を麻痺させて捕らえる魚毒となる。
ただし、芭蕉の句にもあるように、良く掘られていたようで、昔は灰汁で煮て水にさらし調理して食べられていたと思われる。』

参照HP:http://blog.goo.ne.jp/suzukihokushu/e/f17b48949c2375ffa0e7fff04590f8d

                             (つづく)