震災復興支援 チャリティーライブ (16.3.20)

 今日は”さくらマラソン”の当日なので、午後12時半まで市内の幹線道路が通行止めである。

息子と二人で自転車に乗って中央公民館に向かった。寄付金を箱に入れて振り向いたら、そこに昨夜のライブでお会いした村上寛さんが地元のジャズ関係者と歓談していたのだ・・・私は近づいて行きお話に割り込ませてもらった。息子も村上さんと写真を撮らせてもらい大喜びで、バッグからCDを取り出しサインをお願いした。昨夜ChinさんにサインしてもらったCDである。息子が『これは私が生れた年にリリースされたCDです。』と話しかけると村上さんは懐かしそうにジャケットを広げて読み始めたのです・・・そして『これは25歳の時のアルバムだ。若かったなあ。』呟いた。息子も嬉しくなって、今度はドラムのブラッシングはどのようにして演奏するのかなどドラムテクニックまで教わっていた・・・

 昨夜のライブにやって来ていた黒木美紀さんがステージに立った・・・どうも昨夜の私たちを見かけたらしく、ステージから声を掛けてくれた。

歌声も素晴らしかったが、こうした肩の張らない雰囲気もジャズの魅力かなあと思った。彼女もギタリストの三好”3吉”功郎と同じ九州出身ということで、九州弁も披露してくれた。

 サックスの稲垣次郎さんは、何んと86歳だそうですが、ぴちっとスーツを着こなした立ち姿からは、そんなに高齢だとはとても思えない。今回のチャリティライブのメンバーも次郎さんが声をかけて集めようだ。ジャズ界では有名なNYのバークレー音楽大学を卒業したREIKAJJさんは、本格派のジャズシンガーだと次郎さんが彼女を紹介した。確かに、英語の歌は流暢に耳に伝わってきた・・・歌唱力も素晴らしいとおもった。

 いよいよ地元熊谷のヴォーカリストのmasumiさんの登場である。masumiさんは、次郎さんとは昔からお付き合いだったらしく、『次郎さん、今度は真面目に吹いてくださいね。』などとジョークを言いあう仲のようであった。今から5年前の大震災の日に羽生市でライブがあり、当日に会場を変更したり、大変なライブであったことを語り合ってくれた。

 この地元のmasumiさんのライブは以前3度ほど聴いたことがあり、私と息子はすでに顔なじみになっております。

『つながる笑顔 づながる心』を掲げる『気仙沼に熊谷桜を植える会』の会長に、募金の全額が入った箱を稲垣次郎さんが手渡した・・・

しかし、ピーアール不足のためか会場の観客はまばらで大した募金は集まらなかったのでないでしょうか。これだけ一流のジャズミュージシャンが出演してくれたのに、本当にもったいないことだ痛感した。

 ライブが終わって帰ろうとしたら、次郎さんが煙草をくわえながらくつろいでいるのを見かけた。あんなに素晴らしい演奏されるのにさぞかし肺活量が必要でしょうねと話しかけたら、次郎さんはにっこり笑って、『軽く吹いているから、疲れないよ。若手のプレイヤーとのセッションでは力を入れることもあるけど・・・』と気さくに応えてくれた。そして一言『あのREIKAJJって娘、上手いでしょ。』と言った。これからの活躍に注目して行きたいと思った。

『気仙沼に熊谷桜を植える会』のことは、私は今日まで知らなかった。熊谷寺を建立した熊谷次郎直実公が京都から持ち込んだとと言われる”熊谷桜”は、少し赤みの強い早咲きの桜である。

そして直実公の孫が気仙沼の領主に赴任したことがあるというご縁から、800年の時を隔てて震災を機に熊谷桜を被災地気仙沼に植える活動が始まったことを知った・・・このような震災復興支援活動のこと等知らずに、熊谷市役所に隣接した公園で毎年いち早く桜を咲かせる熊谷桜をブログで紹介した事を思い出した。そこには直実公の二人の姫の名前が付けられた二本の熊谷桜があって、今年も熊谷で一番早く咲き始めた・・・いつもの年とかわらぬように・・・

 それから暫くして、朝日新聞の朝刊に『気仙沼に熊谷桜を植える会』が、今年も熊谷桜を移植したとの記事が掲載された。