BLUE NOTE TOKYO 渡部貞夫 ライブ

初めての「BLUE NOTE TOKYO」 JAZZ LIVE (16.7.2)

 息子が申し込んでくれたので、初めて青山にある「ブルーノート東京」へ行ってみた。昨日、今日とまるで夏日の中、渋谷から表参道へ出てスマフォのナビを頼りにたどり着いた。もう午後1時半を回っていたので腹ペコで食事処を探したが、コジャレたレストランばかりでイライラしてきた。「まあ、いいか」と飛び込んでパスタのランチを食べた。兎に角地下のレストランで涼をとれたのゆっくり食事ができた。隣にブルーノート東京のパンフレットを見ている客がいて、何となく仲間意識が生まれるのも不思議なものだ。

この門構えはどこかで見た気がすると思ったら、ジャズ漫画「BLUE GIANT」に「So‐Blue東京」として描かれいたのだ。トークショーで著者・石塚真一氏は、模写していると語っていた。漫画の主人公のサックスの宮本大とピアノの沢辺雪折、ドラムの玉田のバンド「JASS」は、やがてこの「So‐Blue東京」のステージに立つことを目指して、バイトをしながら練習に励むほどのジャズクラブなのだ。

正しく「BLUE NOTE東京」も一流のプレイヤーしか寄せ付けない敷居の高いクラブだと聞いている。そこのパンフレットをめくっても海外の名の売れたプレイヤーが名を連ね、その中にハービーハンコック・カルテット8/31~9/1の予定が目に留まった。(music charge:38,000)

おそらく、その後に「東京JAZZ 2016」の予定が組まれいるのだろう。

日本を代表するサックス奏者・渡部貞夫は、もはやジャズ界のレジェンド的存在で国際Jazz Dayにはホワイトハウスに招待されて演奏していた。そんなナベサダさんは、何度となく「Blue Note

東京」で演奏されいることでしょうが、地下のクラブへ通じる階段の脇に写真のような花輪がずらりと並んでいた。受付で渡された番号の振られたコースターを持って階段を降りると薄暗いナイトクラブの雰囲気であった。広いメーンフロアを取り囲むように1段高いフロアがあり、壁側にはスタンドバーの椅子が並んでいた。

およそ200席位の稼働できるテーブルが配置されていた。

階段を降りるとウェイトレスとウェーターが待っていてコースターの番号を確認して席に案内してくれた。今回は自由席だったので、アーティストの通路に面した左側の1段高いフロアの席をチョイスした。すべてがクオリティの高いシステムにとなっていて、決してお客さまを滞留させることのないように運営されていた。昼食が遅かったのでお酒とおつまみをオーダーして、お酒を呑みながら開演を待った・・・

4時30分、渡部貞夫を先頭にプレイヤーが登壇した。ベースのベン・ウィリアムス、ドラムスのユリシーズ・オーエンス・ジュニアとナベサダのトリオは久しいというが、今回新人のギタリストが加わった。開演前にウェーターが「今回のギタリストの演奏は素晴らし。」と言ったのを小耳に挟んだので期待して待った。

1曲終わって次の演奏に入ろうとしたところで、新人のギタリストが懸命に譜面を探しだしたの見て、ナベサダさんがメンバー紹介をはじめた。

「今、一生懸命に譜面を探しているのが、イスラエル出身のギタリストでギラッド・ヘクセルマンです。彼のアルバムを聴いて、一面識もなかったが声を掛けたらきてくれました。当りでした。」と端的な紹介もナベサダさんらしくて、会場から拍手が起こった・・・

確かに、一本のギターから繰り出される音色の豊富さにびっくりさせられた。ナベサダさんも彼の音には惚れこんでいるらしく、サックスを吹きながらギタのギラッドに近ずき「行け、行け、もっと行け」との仕草に見えた。それに気づいたドラムスが、彼を煽り立てると、益々調子に乗ってくるという具合で、まるで楽 器同士で会話をしているようにも聞こえた。この辺の感覚はライブを見なければ味わえない醍醐味でしょうね・・・ナベサダさんがサックスで締めくくり、演奏が終わるとギタリストに近寄り「良かったぜ。」とばかりに握手していた。

このドラムスも気持ちよかった。歯切れのよいリズムと淀みのないシャープな音に魅了された。更に、野太いベースの音がズンズンとお腹に響いてきた。

さずが、ナベサダさんに選び抜かれたプレイヤーの音はすごいと思った・・・

「次に私の敬愛するチャーリー・マリアーノの曲を演奏します。」と演奏曲を紹介しながら、このメンバーはマリアーノを知らないんだよと、83歳のナ ベサダさんが苦笑いを浮かべた。まだまだ元気なレジェンドへの称賛とバンド・メンバーとのジェネレーション・ギャップに会場がどっと沸いた。

翌 日、息子が「Swing」という古いジャズの雑誌からマリーアーノの記事を探してくれた。それによるとマリアーノはジャズ・ピアニストの秋吉敏子の夫でボ ストンのバークリー音楽院の教授であった。その秋吉敏子の推薦で入学した渡部貞夫は、サックス奏者のアリアーノに師事したとあった。会場でもナベサダさん が、「私のサックスは、マリアーノの影響を強く受けている。」と話していたが、これで納得した。更にこの二人共「バード」と呼ばれたチャリー・パーカーか ら強い影響を受けたとも解説してあった。

いつまでもこの心地よい雰囲気に浸っていたいと思ったが、アンコール曲となってしまった。ナベサダ さんが「私も福・・・」まで言いかけて言葉を止め、「花は咲くを演奏します。」と続けた。そして「この歌は、3.11の震災で亡くなった方々からのメッ セージだと思い、直に被災地の皆さんの前で演奏するようになりました。」と付け加えた・・・この演奏が終わりプレイヤーが引き上げるとき、ギタリストのギ ラッドに思いっきり手を伸ばした。すると彼も手を伸ばして私の手にタッチしてくれたのだ。あの魔法のような手で・・・

ニコニコしながら先頭を歩いていたナベサダさんが、ふいに立ち止まった。

よく見ると客席から白いシーツを来た品の好い老紳士が出てき て、言葉をかわしながら握手を交わしていた。「あの人は、きっとクラリネット奏者の北村英治さん(87歳)だよ。写真で見た耳の形ともそっくりだった し。」と息子が帰りの電車の中で言っていた。あの人は待合のホールですぐ前に立っていたというが、私はその時ソフアにもたれてウトウトしていたよう だ・・・

ジャズのライブは楽しい。ソロ演奏の時は、他のプレーヤーが引き立て役にまわり、決して出しゃばらないマナーを見る度に私などは反省の念に駆られる。

7月1日に千葉と浦和から現役時代の友人が、ランチをしようと熊谷まで来てくれた。元々クラシック派だった千葉の友人が、最近ビル・エバンスを聴いているというので 「BLUE NOTE東京」の話をした。すると退職してからバンドを編成してライブ活動を始めた音楽通の友人が「BLUE NOTE東京」のことを語ってくれた。ここは音響もバツグンで雰囲気も素晴らしいが高級で、気軽には行けないところだと教えてくれた。

初めて「BLUE NOTE東京」へやって来て、正にその通りだと実感した。クラブも落ち着いた大人の雰囲気だし、演奏中は専任のミキサーが付きっ切りで音響に神経を使い、音痴の私でもすごく好い音だと感じた。そしてクラブの「おもてなしの心」は隅々まで行き届いて、完璧なものであった・・・

ただ、その分はチャージに反映されていたのも確かだ。