松島啓之Tp と 田中菜諸子Pf デュオ

蕨Our Delight ライブ (17.1.29)

  昨年の12月11日の渡辺貞夫のオーチャードホールのリサイタルで、若いプレイヤーにソロ演奏のチャンスを与た83歳ナベサダの心憎い演出に大いに感激した。

 なかでも奥村晶と松島啓之の若いトランペッター二人の競い合うような、懸命な演奏に感動を覚えた。

 その時の松島啓之のライブのチケットを息子が予約してくれた。あのオーチャードホールの隅々までトランペットの澄んだ音色を響かせた松島啓之の演奏を思い浮かべながら電車に乗った。

 今日の会場は、京浜東北線の蕨駅の駅前近く「Our Delight」というライブハウスだ。

高崎線で通勤しているころは通過駅だったので何回となく通り過ぎていたが、下車するのは今回が初めてだ。

 12時半会場なので、ネットで見つけた「魚がし」というお寿司屋さんを探したが、駅前は戦前からの通りらしく込み入っていて、目的のお寿司屋さんに辿り着くまで同じ道を行ったり来たりした。でも、この「魚がし寿司」は、とても美味しかった。日曜日だったせいもあると思うが、昼食時だと言うのに地元の常連客は、酒の肴をつまみながら美味しそうに一杯やっていた。

 会場に着くと中からリハーサルの音が聞こえてきた。松島啓之の透き通るようなトランペットの響きを思い浮かべながら、暫く待った。会場に入ると、吹き抜けの天井で都会的な洒落た雰囲気を醸し出していた。

 座席には予約者の氏名が貼ってあり、顧客への心配りも大したものだ。

その名札に目をやると、ピアノから2,3メールの最前列にあった。こんなに至近距離でトランペットを聴いたことはなかったので、その迫力を期待しつつ赤ワインを飲みながら待った。

 松島啓之は、1967年11月17日神奈川県藤沢生まれで、中学時代にブラスバンドでトランペットを始め、その頃からジャズに目覚めという。高校卒業後、88年~91年までの二年半ボストンのバークリー音楽大学に留学し、ジャズを学んだ本格派である。

 帰国後さまざまなセッションに単身で参加、ハードバップ色の強いトランペットスタイルで各方面の注目を集めた。 その後、日野元彦、峰厚介、本田竹廣、小林陽一&グッドフェローズ等のグループで活躍し、これまでに彼はリーダーアルバムを5枚リリースしている。

田中 菜緒子 (pf. key.)は、1985年福岡県生まれで、 幼少よりクラシックピアノを習い、様々なコンクールで賞を受賞しているという。桐朋学園大学ピアノ科に進学し、在学中には、ブルガリア国際コンクールで1位を受賞した。その後、JAZZの勉強を始め、現在まで様々なライブやセッションに参加している。2009年にオリジナル曲を中心に活動するというコンセプトで、Proteanを結成し、2015年リーダーアルバム"MEMORIES"をリリースしている。

 これまでのライブでは、山本剛さん、野力奏一さんとかの歌うようなこなれたピアノを聴いてきたので、彼女のピアノはシャープな音色に聴こえた・・・ 私の感じたまゝの感想ですが・・・ 

 松島啓之は、グランド・ピアノの前に立ったので、ほんの2メートルの所からトランペットのシャワーを全身で浴びた。

 彼の演奏スタイルからは、トランペッター特有の力んだ身のこなしはが全く感じられなかった。しかし、その音色は鋭利な刃物如く、私の胸の辺りを突き抜けていった。

 これまで見て来たトランペッターは、ほっぺを風船のよう膨らましたり、反り返ったり、力の入った演奏が多かったが、彼は少し丸みの帯びた身体をそのままに、力強い演奏を見せてくれた。

 ファーストステージが終わって、ベランダで一服していると松島さんがやって来た。渡辺貞夫のリサイタルで松島さんと奥村さんのバトルに感動して、今日やってきましたと話しかけた。

 彼の上唇に瘡蓋のようなものができていた。それはトランピッターの勲章にも思えた。それから、息子が持参したCDにサインして欲しいとお願いした。

 第2ステージに入ると、二人の息もピタリと合ってきたように思えた。

 そして田中さんがソロでピアノを弾き出すと、流石にクラシック音楽で鍛え上げた確かな旋律は、素人の私の心にも響いてきた。

 また、松島さんのミュートのトランペットは、何とも哀愁を帯びていて、しんみりと聴き入った。うら悲しいメロディーが、何かを語りかけてくるようで涙腺が緩んで来るのを感じた。演奏が終わっても席を立つ人はおらず、殆どが顔なじみのファンで、それぞれ松島さんと挨拶を交わしていた。

 それから息子が持ってきたCDにサインしてくれた。いつの間にか息子は、5枚ものCDを手に入れていたらしく、松島さんも嬉しそうに1枚、1枚に丁寧にサインしてくれた。

 今日は、二人とも好い気分で会場をでた。