山本剛と与世山澄子 SPACE1497 2017.6.20

 先日、歌を詠んでいる友人から「日本の七十二候を楽しむ」という本を頂いた・・・

 その本によると6月16日から20日頃を「梅子黄なり」(うめのきなり)と言い梅雨入りの季節というが、今日良く晴れて気持ちのよい夕刻であった。

 いつも暗くなった頃に訪れていたSPACE 1497のお庭がこんなに広いのかと初めて気が付いた。芝生の広がる木の下にはベンチがあり、二人の方が涼風を楽しんでいた・・・そちらの方へ歩を進めると、芝生に黄色に熟した大きな梅の実が落ちていた。まさに「梅子黄なり」の感がして、その実を拾い上げてみた。熟れて枝を離れた梅の実は柔らかく、梅独特の香りを漂わせていた。何だか愛おしくなって周りに落ちていた梅の実を手に取ると陽を溜めた実はほんのり暖かかった。すると「良ければお持ちください。」と後ろから声がかかった。振り向くと先代の父親の後を継いでライブハウスをやっている娘さんであった・・・(お若くて美形だったので娘さんかと思っていたが、実は先代オーナーの奥様であった(7月6日判明))・・・

 お話を訊いてみると、昔はこの庭でバーベキュー・パーティーを開いていたそうで、炉があったり処々に当時の面影を留めていた・・・ああ、ここでバーベキューで生ビールを呑みたかった。

 「山本剛と与世山澄子 SPACE1497 」が1年ぶりにやってきた。

 山本剛さんの歌うようなピアノが好きになり、その後も何度かライブで聴いているが、今日は、与世山澄子さんの本格的なジャズボォーカルを楽しみにやってきた。

 開演前のリハーサルを終えた与世山澄子さんにちょっとだけお会いしたが、少し老いを感じた・・・

   <ピアノ:山本剛>
   <ピアノ:山本剛>

 今晩も山本剛さんは十八番の“Misty” 「ミスティ」から演奏を始めた。山本剛さんは、

1948年3月23日、新潟県佐渡郡相川町に生まれたが、すぐに佐渡島より新潟に移り、小学生の頃からピアノを弾き始めた。 高校生時代、アート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズの生演奏の虜となりジャズ・ピアノを独学で習得という一風変わったキャリアを歩んできた。そういう生い立ちからであろうか、独特な演奏法にも見える。

 今晩も最前列だったので、山本剛さんの手の動きを注意深く眺めていた。

敢えて大げさな・・・無駄と思えるような動きは見えず、むしろ動きの見えない指先から魔法のように美しい音色が生まれてくるのだ・・・息子は山本剛さんの手は「God Hand」だと言った。

  <ドラム:バイソン片山>
  <ドラム:バイソン片山>

 バイソン片山さんは、宮城県気仙沼市出身のジャズドラマーで、日野皓正氏の弟日野元彦氏に師事し、プロのドラマーとしての活動を開始した。国内での演奏だけではなく、渡米し、ニューヨークのジャズシーンで数々の経験を積んで来たと言う。

 昨日も気仙沼のお寺でライブを行い、車で6時間かけてSPACE1497までやって来たと話していた。息子が「バイソン片山と山本剛のアルバム」CDへのサインをお願いすると、大層懐かしそうにCDジャケットを眺めていた。7月13日にニューアルバムの発売を記念して、またSPACE1497にやってくるので来場を約束した。

   <ベース:香川裕史>
   <ベース:香川裕史>

 香川裕史(かがわ ひろし)は 1962年和歌山県生まれ 千葉大学モダンジャズ研究会でコントラバスを始めたという。 在学中より、ジャズドラマーのジョージ大塚氏に師事し、91~96年、ジョージ大塚グループのメンバーとして活動した。その後 ジャズベースを中村照夫氏に師事したという。

 彼はいつもステージ用のシーツで決めるダンディなベースマンなのだ・・・そして与世山澄子さんに対する気配りは、まるで付き人のような役割もこなしているように見えた・・・

  <ボーカル:与世山澄子>
  <ボーカル:与世山澄子>

 与世山澄子さんは、1940年に八重山小浜島生まれで、私より3つ上の年齢のようだ。

彼女は16歳でデビューし、1957年にボブ・ホープとレス・ブラウン楽団と共演、1972年の本土復帰まで米軍基地のクラブでフルオーケストラをバックに活躍したという。

 沖縄本土復帰の年にはジャズ・スポット「インタリュード」を那覇市にオープンした。そして現在は子供達に英語の歌を教える活動もしているようだ。お店での演奏の傍ら、本土公演も増えジャズ評論家や著名人から賞賛されている。

 昨年初めて与世山澄子さんの歌声を聴いた時には、その声量と迫力に圧倒された覚えがある。音響機器の調整のせいもあると思うが、今回は少し元気の無さが感じとられた。

 しかしながら、声だけでなく全身を使ってのパフォーマンスは心に響いて来た・・・

 与世山澄子さんは、歌い出す前に小声で歌の内容を語った。する歌のイメージが膨らみ英語は解らなくとも、歌の意味がスーッと素直に心に入ってくるという不思議な体験をした・・・

    <山本剛さんと私>
    <山本剛さんと私>

 山本剛さんは私より5歳年下のようだが、名前が同じ「ツヨシ」と言うこともあり、妙な仲間意識が生まれていた・・・

 今日は歌の伴奏ということもあり、いつものような自由本法なアドリブが少なかったように思えたが、歌うような山本剛さんのピアノを十分に堪能できた。その御礼にと持参した焼酎のボトルを手渡した。

 「山本さんの神の手にちなんで神の河を持ってきました。」と伝えると、大層喜んで満面の笑みで写真を撮れせてくれた。その時山本剛さんの大きな背中に手を回すとじっとりと汗ばんでいたのに気づき「お疲れ様」と心の中で呟いた・・・

 そして来週からChinさん(鈴木良雄)と北海道ツアーに出かけると教えてくれた・・・