卒後50周年記念同期会-1 2018.9.2~3

つなぎ温泉の宴会篇

 今年は岩大卒後50周年と言うことで、これまで参加する機会がなかった方々に是非ともお会いしたいと、湘南ボーイズが色々と勧誘を働きかけた…

 熊谷在住の金井さんが50年ぶりに参加することになり、熊谷駅で待ち合わせ9時35分発の高崎線熊谷駅から同じ電車に乗った…

 11時20分に大宮駅で太田さんと落ち合い、新幹線の指定席を買い求めたが、三人並んでの席は確保できなかった…ホームで弁当と飲み物を買い求め新館線に乗った。太田さんと一緒だから、新幹線に乗ったら同期会が始まってしまうだろうと思っていたが、今年の太田さんの様子はいつもと違っていた…

 盛岡駅のホームに降りると、岩手山の方を眺めている高橋さんに会った。ホテルへのシャトルバスまでには1時間程あったので、盛岡が50年ぶりだという金井さんを誘って、駅の周りを散策することにした…

まだ、開運橋たもとの『啄木であい道』を散策できるだろうと…

 学生の頃の開運橋近くの北上川の土手には雑草が製茂っていたが、綺麗に遊歩道が整備されている…卒業以来の金井さんは、駅の周りのビル群にも驚いていた…当時は盛岡駅に下りて、真っ先に目に入ってくるのが灰色の開運橋だけだったようなきがするが…

 2013年のつなぎ温泉での同期会の翌日に連泊して盛岡市内の啄木の歌碑を探し歩いた…その時は開運橋近くのホテルに泊まっていて、この『啄木であい道』にやって来た… 

 かの時に言ひそびれたる

   大切の言葉は今も

     胸にのこれど 

 果たして『大切な言葉』を誰に言いそびれたのだろうか…

盛岡のこの地に歌碑が建立さているからには、後に妻となる節子さんへの想いを詠んだのでしょうか… そんな想いを巡らしながら歩を進めた。

 この歌碑の近くに啄木の妻節子の歌碑もあり、歩道の両側に数多くの歌碑があったはずなのだが…そう話したが誰も信じてくれなかった…改めてその時のブログを見返した。『2013年同期会(つなぎ温泉)』

その歌碑の中で印象に残った啄木の短歌をブログに二首掲載していた…

 

汽車の窓 はるかに北にふるさとの山見え来れば 襟を正すも

・今日もまた胸に痛みあり 死ぬならば ふるさとに行きて死なむと思ふ

 

 こんな風に『啄木であい道』の両側に歌碑があり、時折立ち止まり歌碑を読む楽しみはなくなってしまった…この遊歩道は綺麗に整備されたが、残念なことに啄木に出会うことが出来なくなってしまったような気がする…

 こんな橋があったかなと思うほど立派になった旭橋の上から岩手山を眺めた…生憎、山頂に雲がかかり岩手山は全容を見せてくれなかった…

 こんなに高い建物がなかった明治の頃、帰郷する度に遠くから見えるこのどっしりと座った岩手山に啄木は何を感じたであろうか…

 旭橋の上から遠く開運橋を背に、これから同期の仲間に会えることを楽しみに好い顔のスナップ写真だ…

ただ、初めて参加する金井さんは少し緊張気味に見えますね…

 天気も上々で暑い日差しの中、北上川の左側の遊歩道を開運橋に向かって歩いていった…

 こうして遠くから眺める開運橋も中々好いもんだと思いませんか…

三人の仲間、太田さん、高橋さん、金井さんは何を話しているのか、のんびりと散歩を楽しんでいるようだ…金井さんも太田さんもまだ現役で働いているそうだから、しばしの休息を味わっているのかも…

ふと振り返ると山田線の鉄橋が見えたが、遠く岩手山は雲の中だった…

土手に咲く薔薇を写真に撮りながら開運橋のたもとまで来ると急に右足がつった…普段あまり歩かないせいなのだろう…時々立ち止まりながら、それでも何とかシャトル・バスに乗り込んでホテルへ向かった。

 ホテルでは今年も小倉さんがテキパキと受付行い、地元の佐々木さんが鈴木守氏の著書『本統の賢治と本当の露』を手渡してくれた…

 幹事部屋ではビールを呑み、盛り上がっていた…そして一風呂浴びた夕刻には、太田原先生、柏葉先生、久保田先生も駆けつけてくれた…

それにしてもパワフルな渡部さんの懸命のホスピタリティには頭が下がる…

 夕刻の6時に全員会場に集まり集合写真を撮った…いつものことながら橋本さんと渡部さんが記録写真を撮ってくれた…今年は篠原さんのカメラが無かったので、後で聞いてみるとカメラが故障してしまったとか…

 記念撮影後に湘南ボーイズの飛世さんが企画し渡部さんが9月1日のぎりぎりまで奮闘してくれた『同期会の歴史』のDVDが上映された…上のスライドには私も関わったこともあり、ナレーションを担当することになったが、ぶっつけ本番だったので冷や汗ものだった…この他に男鹿半島と松島の同期会DVDも上映され、大写しの顔を見て名前を呼びあげるとそれぞれ手を挙げて応えてくれた…今さらながら卒後50年の歳月を実感させられたひと時でもあった…それにしても30分ほどのナレーションで喉がカラカラで早くビールを呑みたかった…いやいや観ていたみんなも同じだったかも…

 この仕掛けも飛世さんが自宅からプジェクターを運んできてセッティングしてくれた…この時、リソース(DVD)がスマホに保存されていて、しかも映像が無線で飛んでいたことはを後で知った…この仕掛けを篠原さんだけは気づいていたようです…

 私もスマホの画像をモバイルで扱い『賢治と歩む会』などで見せてあげたいと思い、飛世さんに教わりながらネットでゲットした…だが、東芝のTVではつながったがシャープのTVとは上手く行かなかったので、28日に返品した…また、飛世さんに教えてもらいたと思っております…飛世さん、宜しくお願いします。

 <高校時代のマドンナ似たホステスと再会>
 <高校時代のマドンナ似たホステスと再会>

 宴会の写真はなかったので記事も割愛するが、久しぶりにお会いした仲間と大いに楽しんだ…

 宴会が終ると太田原先生が家にお帰りになると言うので、鈴木守さんと玄関までお見送りした。先生は『部屋を用意してもらったのに申し訳ない…』と言い残し、お車を運転されて帰って行った…80歳を越えられたというので、夜道の運転の安全を願いながら手を振った…それから二次会のカラオケ・ルームの扉を開けると朗々と歌う工藤さんの声が部屋に響いていた…

 二次会の写真は渡部さんが公開してくれたものだが、何と2年前の『ホテル大観荘』の時と同じメンバーのホステスさんだったのには驚いた…

 この前、高校時代のマドンナに似ていると思ったホステスとのツーショットに緩んだ顔のエビデンスを残してしまった…

 <ところが蛯沢さんに持ってかれ残念でした>
 <ところが蛯沢さんに持ってかれ残念でした>

 ところが、山下さんとの囲碁を終えてやって来た蛯沢さんにあっさりともって行かれしまったのは不覚であった…蛯沢さんも結構緩んだ顔の写真ですね…

 今回も柏葉先生の『大利根月夜』をお聴かせていただきたいと思って、小倉さんからお願いしてもらったが、今回は叶わなかった…小倉さんの真面目で短刀直入な申しでに先生も応えきれなかったのかも知れない…先生が歌ってくれれば、私も先生の後ろで即興芝居をご披露できのにと心残りであった…

特別参加の安保さんはカラオケ大好きなので、楽しんでもらえて良かった…

学生時代に詩吟部だった松本さんの南部牛追い唄を聴きたくて頼み込んだが『声が出ない』と断られてしまったが、それでも今回は歌謡曲を歌ってくれた…飛世さんと顔を見合わせながら、まだまだいけそうだねと頷きあった…

 今回、久しぶりに伊勢から参加してくれた森崎さんも滅多に歌うことのない皆さんの十八番を聞かせてもらった…

 <宴会後の二次会はカラオケ・ルームを貸切で、ホステスさん二名参加>
 <宴会後の二次会はカラオケ・ルームを貸切で、ホステスさん二名参加>

 今回は地元としてお世話になった佐々木さんに『また民謡を是非とも聴かせて欲しい』とお願いした…最初は躊躇していたが、ついに意を決して『南部木挽き唄』をアカペラで朗々と歌ってくれた…これが大トリの曲となった。 

 最後に渡部さんがみんなで写真を撮ろうとしたら、何とバッテリー切れでポーズを取り続けたが、それでも蛯沢さんの手は動いていたと言う人もいて…

 渡部さんが予備のバッテリーに交換して撮った写真では、盃を手にしているから、真偽のほどは定かではない…

 それから幹事部屋に集まった人々が、暫くの間来年の同期会の場所の事などをガヤガヤ話していた…その結論の出ぬまま三々五々部屋に戻り就寝したようだが、例年のように桜井さんと渡部さんの議論はここからスタートした…私は傍観していたけれど、早く決着すればと思い何れかの主張を後押しするような意見を述べたが力量不足というか、何でも議論の種にしてしまうお二人には火に油を注ぐようなものであった…正に議論のための議論となりリベート合戦が繰り広げられた。他の部屋のみんなも寝静まった頃、遠藤さんが『ロック・アウトされてしまった…』と言ってやってきた…太田原先生がお帰りになったのを思い出し、遠藤さんに太田原先生の部屋番号を教えた…

 小倉さんも飛世さんも就寝してしまい、ついに私も布団にもぐり聞いていたが、うとうとと寝入ってしまった…ふと目を覚ますとまだ続いていた…

おそらく午前3時を廻ったころ停戦となった…

 朝目お覚ました小倉さんが夕べが、いびきが煩くて良く眠れなかったと言った…私も歯ぎしりをするらしいので、人のことは言えないが小倉さんと渡部さんが交互にいびきを聞かせてくれたので、時々トイレに行き一服した…

 その昔、6人部屋の同袍寮で4年間もこの辺の鍛錬は積んできたはずなにと寮での暮らしを思い出していた。

 それから脱ぎ忘れたズボンを取りに桜井さんがやって来た…渡部さんはまだ布団の中で、この議論もまた来年の同期会まで持ち越すようである。

 

 ところが、盛岡での同期会が終って間もなく『6日午前3時8分ごろ、北海道胆振地方を震源とする地震があり、震度7を観測した。』と報道された…

私は眼が覚めて、暫くTV報道を観ていたが、まだ大した情報もなく同じ内容が繰り返し報道されていたので、また床についた…朝になるのを待って、まず函館の桜井さんの携帯に電話したが通じなかった…

翌日、電気が回復したと無事を知らせる電話があったので、みんなにもメールで知らせた…

あと、札幌の吉川さんに電話したが通じんかったのでメールを出したが、ネットワークが上手く動かなかったせいかエラーとなった…武田さんが道端さんの携帯と連絡を取ってくれたが、通じなかったようだ…吉川さんも道端さんも無事であろうと思うが、気にかかるところです…

(つづく)

 

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コメント: 4
  • #1

    飛世政和 (金曜日, 28 9月 2018 19:25)

    続き 期待してます

  • #2

    飛世政和 (金曜日, 28 9月 2018 21:28)

    グループメール で紹介します

  • #3

    飛世政和 (金曜日, 28 9月 2018 22:53)

    飛世が企画とありますが チョット違っていて 渡部さんからプロジェクターないかな? との話がきっかけです トリガーは 渡部さんであると付け加えさせていただきます(笑)

  • #4

    渡部雅幸 (土曜日, 29 9月 2018 01:06)

    小南さん 
    いつもながら、スバラシイ紀行文です。洞察力と記憶力に驚きと衰えのない若々しさに感激しています。  第2部をお待ちしております。