『第12回 賢治と歩む会』 2017.7.29

 今回は熊谷短歌会の文学散歩『宮沢賢治 秩父地質調査旅行の歌碑を訪ねて』に参加したメンバーからの簡単な報告を行われた。

 私は岩大電気科の東京支部総会で発表した『マイブーム』で使用した資料を再編したDVDを上映し、その報告に代えた。

 文学散歩に参加された黒澤さんは、この度訪れた小鹿野の皆本沢に生まれ育った方で、賢治一行が源(皆本)沢の地質調査に入った頃のお話をしてくれた。その頃は、皆本沢の橋はつり橋であったことや、皆本沢の奥で茶屋を営んでい親戚の所で賢治一行が休んだに相違ないと熱く語った・・・

 黒澤さんは、熊谷市の八木橋デパートに勤めるようになり、『熊谷賢治の会』の立ち上げにも尽力され、八木橋デパート前の賢治の歌碑建立にも関わって来たという・・・

 20年近く活動してきた『熊谷賢治の会』も解散することなり、『賢治と歩む会』へと引き継がれたということだ・・・

  《 シグナルとシグナレス 》

 舞台は同じ東北本線の花巻駅と岩手軽便鉄道花巻駅であるが、前回の『月夜の電信柱』では電信柱の行進とそれを見ていた少年とのやり取りが主な物語であったのに対し、今回の『シグナルとシグナレス』では、本線の青年シグナルと軽便鉄道の乙女シグナレスが恋をする物語である。

 ただ二人共、シグナル(信号機)付きの電信柱と電線で結ばれて身動きできない身の上で、風に乗せて愛を囁くしか心の内を伝える術がなかったのだ・・・

 シグナルは西風に頼んで「どうか僕を愛して下さい。」とシグナレスに伝えたが、黙ってうつむているだけだった・・・シグナルは自暴自棄に陥るが、とうとうシグナレスから結婚の約束を取り付け、婚約指輪に環状星雲を贈るなど、賢治ならではの発想である。

 しかし、このことが本線付きの電信柱の知るところとなり、怒り狂った電信柱は、手を廻しシグナレスの風下に立つ軽便鉄道の電信柱から一部始終を聞き出してしまった。

 そして本線付きの電信柱は、猛反対をして叔父の鉄道長まで引っ張り出して結婚をぶち壊しにかかった。シグナルは力を落として青白く立ち、シグナレスはしくしく泣きながら、そのいぢらしい撫肩はかすかにかすかにふるえて・・ 

 この様子を見かねた倉庫が、大きな幅広い声で「あの二人は一緒にしてやつた方がよかろうぜ。」と持ち掛けるが、意固地な本線シグナル附きの電信柱は言うことを聞かない。

 シグナルとシグナレスは、霧の中から倉庫の屋根の声を聞いた。「お前たちは、ほんたうに気の毒なことになつたよ。お前たちは霧でお互いに顔も見えずさびしいだらう」と言ってある呪文を教えてくれた。 

 実じつに不思議です。呪文を唱えると、シグナルとシグナレスとの二人は、まっ黒な夜の中に肩かたをならべて立っていました。「まあ、不思議ですわね。まっくらだわ」

「いいや、頭の上が星でいっぱいです。おや、なんという大きな強い星なんだろう。それに見たこともない空の模様ではありませんか、いったいあの十三連なる青い星はどこにあったのでしょう、こんな星は見たことも聞いたこともありませんね、僕たちぜんたいどこに来たんでしょうね」 

・・・

 『銀河鉄道の夜』を想わせるようなシーンが展開される・・・

「あら、なんだかまわりがぼんやり青白くなってきましたわ」

「夜が明けるのでしょうか。いやはてな。おお立派だ。あなたの顔がはっきり見える」

「あなたもよ」

「ええ、とうとう、僕たち二人きりですね」

「まあ、青白い火が燃もえてますわ。まあ地面と海も。けど熱くないわ」

「ここは空ですよ。これは星の中の霧の火ですよ。僕たちのねがいがかなったんです。ああ、さんたまりや」・・・・・・・・・・・

 「ええ、まあ、火が少し白くなったわ、せわしく燃えますわ」

「きっと今秋ですね。そしてあの倉庫の屋根やねも親切でしたね」

「それは親切とも」いきなり太ふとい声がしました。気がついてみると、ああ、二人ともいっしょに夢ゆめを見ていたのでした。・・・ 二人はまたほっと小さな息をしました。

 『シグナルとシグナレス』の恋物語は、ここで終わるが、賢治は私たちに何を伝えようとしたのであろうか・・・賢治の恋の童話は『土神ときつね』、『まなづるとダリヤ』などだが、これらに比べても解り難いように思った。

 萩原先生は『シグナルとシグナレス』は『銀河鉄道の夜』よりも前に書かれた作品でその前哨を連想させような場面も数か所あると説明してくれた。13連なる星が出てくるが、14番目に連なる星は賢治の最愛の妹トシになるのであろうと付け加えた・・・

 そして賢治にとっての愛とは、人間世界の性欲を完全に否定したところにあり「顔を見合わせて微笑むだけ」で十分満足なのであると解説してくださった。ですからこの物語のシグナルとシグナレスも夢とは言え、宇宙の高いところで結ばれたことで二人愛は完成しており、夢から覚めも満足して現世に戻ってきたのだとも解説してくれた。

  「二人はまたほっと小さな息をしました。」この文がそのことを表現しているのだろうか・・・

 私は、賢治がこの作品を書くに至ったシチュエーションを考えてみた。まず、本線のシグナルは裕福な家に育った賢治自身であろうと思った。一方、軽便鉄道のシグナレスは同じ街に住み、賢治が想いを寄せるけなげな乙女であろう。そしてシグナル付きの電子柱は、身分のちがうシグナレスとの恋仲を反対するために叔父の鉄道長まで引っ張り出したり、手を廻してシグナレスの身辺調査を行うなど、あの厳格な賢治の父・政次郎を連想させる。

 そうなると、二人の結婚を認めるように電信柱に働きかけたり、二人の仲を暖かく見守り、天高くワープする呪文を教えたりする倉庫の屋根は、母・イチのことだろう・・・などと私は勝手な想像力を働かせてみた。

 私は、シグナレスのモデルとなった女性が花巻に住んでいたのでしょうかと先生に尋ねてみた。すると先生は、賢治は三回初恋をしているようだと話し出した。賢治の好みは、どうも目は切れ長でうりざね顔のきりっとした女性だったようだ。最初は盛岡中学時代に入院した日赤病院の看護婦さんであった。

 それから賢治は木村幸子という女性に恋をした・・・更に賢治は伊藤ちゑと花巻で見合いをしている。伊藤ちゑは水沢市の名家の生まれで、兄・七雄が療養のために大島に移り住むと、兄の看病のために一緒に暮らしていた。七雄は大島農芸学校を開校しようとしていて、賢治はその相談にのるために昭和3年6月12日に大島に渡った。その時も賢治は伊藤ちゑに会っているが、既に自分の病の重さを自覚しており、生涯を独身でと早くから覚悟していたようだ。

 このような背景もあり、賢治は俗世間の愛・性欲から超越した精神的な愛の形を求めていったのであろうか・・・

 俗世の私には理解し難いことで、萩原先生の「宮沢賢治『修羅』への旅」を読み返してみたが得心するには至らなかった。

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コメント: 1
  • #1

    あすなろ (日曜日, 01 10月 2017 11:49)

    20代の頃、読んで心に残っていた「シグナルとシグナレス」ですが恋物語が電信柱であることが面白く賢治の物語の名前はいつもユニークで感心。
    作者の解説もなかなかですね。このような思い出は誰にでもあるのではないでしょうか?アンデルセンの童話、スチーブンソンの水車小屋のウィル、
    エミリブロンデの嵐が丘が思い出されますが、今は高齢化の時代甘い感慨にも浸っていられないような、、、、サンタまりあさま、確か「オッペルと象」の時の象さんも呟いたような記憶が、法華経の賢治さんが、、とほほえましいですね。